社長はいわゆる「地元の名士」で、その地域では誰もが知る豪邸に住む。
若くして脱サラし製造業を起業して40年。
妻と二人三脚で事業を拡大し、時流を掴み財を成した。
ただ、時が過ぎその隆盛を極めた話は過去のものとなっていた。
新型コロナウイルスが猛威を振るい、事業は大きく傾く。
売上は瞬間的に蒸発し、手の打ちようがない状態だった。
瞬く間に会社の資金は底を突き
個人の資産をつぎ込み何とか会社は生きながらえていた。
社長はコロナ前に患った脳梗塞の後遺症で、左足が思うように動かない。
会社の危機的な状況の中、資金繰りと身体の不調でストレスがピークに達する。
そのストレスの矛先が向かったのが婿養子として迎え入れた長女の夫だった。
長女の夫は、後継者として社長の指導を真摯に受け止めようとした。
ただ、事業が大きく傾き追い詰められた社長の指導は理不尽なものだった。
うまくいかないストレスを長女の夫の日常的な言動に向けられ
最後は人格否定にまで及んだ。
社長と婿養子の衝突にもっとも心を痛めていたのが長女だった。
あろうことか、社長夫妻と長女家族は例の豪邸に同居していた。
実の父である社長と後継者候補として結婚した夫の間に挟まれ
長女の心は苦痛を伴い、折れそうになっていた。
そんな状況を見るに見かねた知人が社長に声をかける。
「家族のごたごたを整えながら事業承継を手伝ってくれる人がいるから会ってみないか?」
藁をも掴む思いで社長はその提案に応諾した。
「プライベートコンサルタントの青山です」と挨拶する間もなく
「うちの出来損ないの婿養子の話を聞いてくれよ」と社長の独演会が始まる。
婿養子の未熟さと自分の「過去」の実績との比較。
そして最後に必ずこう締めくくる。
「あいつは後継者として失格だ」
会社の経理をしていた長女と面談した際にこの案件の闇の深さに気づかされることになる。
「今のお気持ちは?」と尋ねたところ長女はうつむいたまま5分程の沈黙をおいて
「別に...」
5分の沈黙の中に長女の心の声が渦巻いていた。
夫を想う気持ち、父を敬う気持ち。
自分が意見を言えば家族のバランスが崩れる恐怖。
声に出せない心の声に長女自身が押し潰されそうなっていた。
「社長、長女様の心が限界です」
「このままでは心が壊れてしまいます」
プライベートコンサルタントは、こう諭して家族会議を開催。
家族にとって何が一番大切なのか?
会社を守ることに精一杯になり大切なものを見失ってはいないか?
そう問い掛け家族全員で向き合ってもらう。
家族会議は紛糾する。
相変わらず婿養子を批判する社長。
その社長に悪態をつく婿養子。
遠慮ない婿養子の言動に激怒する社長の妻。
終始うつむき困惑する長女。
ここで黙っていた長女が突如、秘めていた思いを絶叫しながら社長にぶつける。
「そんなに後継者って言うなら、なぜ男を生まなかったんだよ!」
これには社長もその妻も絶句。
1人の女性として純粋に恋愛を楽しみたかったが
親を想う余り後継者を選ぶ視点でお付き合いせざるを得なかった現実。
誰にも言えないその複雑な気持ちが長女の心に重くのしかかっていた。
プライベートコンサルタントは切り出す。
「社長、長女様の心を守るためにご長女家族の別居を許してくれませんか?」
「会社も家でも一緒では長女様の気が休まる時がありません」
家族会議は紛糾する。
相変わらず婿養子を批判する社長。
その社長に悪態をつく婿養子。
遠慮ない婿養子の言動に激怒する社長の妻。
終始うつむき困惑する長女。
押し黙る社長。
その場に沈黙の時間が流れる。
暫く考えた末に社長はプライベートコンサルタントの目を見て
「別居をすべきなのか?」と無言のメッセージを送る。
そしてプライベートコンサルタントは頷き返した。
「分かった」
社長の一言で長女家族の別居は決まった。
その後も会社の状況は好転せず
社長は相変わらず個人資産を会社につぎ込んでいた。
「個人資産が尽きれば、会社も終わりです」
「後継者不在なら、M&Aを検討しましょう」
躊躇する社長にプライベートコンサルタントは
現実と未来を示して問い掛ける。
「会社は無くなっても社長の人生は終わらないですよ」