「俺はこんな会社継ぐ気はないと言っているんだ」
「私は社長だ。社長の言う通りにしろ!」
父と息子の言い合う声が事務所に響く。
従業員たちは「また始まった」と、ため息をつきながら我関せずの表情だ。
父に呼ばれて家業である車の修理販売会社に入った息子は、それまでいたゼネコン会社と180度違う会社のあり方が不満だった。
特に創業者である父の優柔不断な態度、旧態依然のやり方に終始する従業員には怒りを覚える。
反面、経営者の息子という立場に甘えられることに実際にはおいしさも感じている。継ぐ気はないとは言ってはいるが、だからと言って別の会社へ転職することも億劫だ。従業員や取引先から見れば自分は後継者なのだ。面と向かって文句を言える人間はいない。
父は父で悩んでいた。
息子は親の目から見てもわがままで、誰からも信頼されるような人間性に欠けている。しかし自分の引退ももう近い話だ。
体調がすぐれない日もあり健康面での不安もある。自分が優柔不断な性格なのはよくわかっている。だが決められない。最近は仕事も手につかない。
早くバトンを渡したいのだが、従業員を見下すあの息子に?それとも…
それとも…
弟子が開業した会社から出向してもらっている若いA君は優秀だ。仕事に前向きに取り組み、性格が素直。
こんな息子だったらと、つい実の息子と比較してしまうほどだ。
「プライベートコンサルタントという仕事をする人を知っています。一度話をしてみたらいかがですか」
そのコンサルタントは、出入りする保険会社の担当者から紹介された。プライベートコンサルタント?なんやそれ。
会ってみると、聞き上手というのだろうか。いつの間にか初対面の彼に、身内の話を長く話している自分に気づいた。
妻を亡くしてから、息子との関係は悪くなる一方だったこと。家族のことで愚痴を言うなんて情けないことだと誰にも言わずに来たこと。そのうちに何とかなるだろうからと、根拠のない期待で先延ばしするうちに、会社は取り返しのつかないような暗い空気が漂うようになっていること…
プライベートコンサルタントは息子とも面談を行った。父親の肩を持つこともしないし、息子を庇うこともしない。完全中立の立場で、静かに話を聞く。時には踏み込んだ問いかけもする。
「社長。社長が不安に思われるのは、事業の問題と家族の問題が一緒になってしまっているからではないですか?」
ハッとするような問いを受けるたびに、「誤魔化しの言葉ではなく、本音を聞いてもらおう」と思わされる。
「社長、事業の対策と家族の対策、両方をまず整理しましょう」
そして、コンサルタントが出した提案は、A君の会社とのM&Aだった。
それは息子にとっては思いがけないものだった。
「継ぐ気はない」と反発はしていたが、いずれ自分は社長になるのだろうと思っていたから。
父親が決め切れず、迷い続けた事態が動き始めた。
何回目かの面談。
父親はプライベートコンサルタントにこう話し始めた。
「息子は暴れたんですよ、最初はね」